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町の状況

印刷用ページを表示する 掲載日:2026年1月1日

東日本大震災後の町の状況

原発事故により全町避難へ

平成23年3月11日の東日本大震災に起因した東京電力福島第一原子力発電所の事故によって町全域が「避難指示区域」および「警戒区域」となり、全町民11,505人が町外への避難生活を余儀なくされ、町役場についても約100km西に位置する会津若松市と、南に約40kmに位置するいわき市に移転して行政運営をしていました。また、平成28年4月には二本松市に設置していた中通り連絡事務所を郡山市に移転、さらには本格的な帰町に向け大熊町に大川原連絡事務所を設置しました。

町民の避難先としては、いわき市、会津若松市等を中心に福島県内に約7割が避難しており、残りの方は埼玉県、茨城県、東京都をはじめ全国各地に避難しています。

平成24年12月には「警戒区域」が再編され、このうち町民の約96%が居住していた地域が「帰還困難区域」に設定されました。そのため、町としても「5年間は帰町しない」という判断をしました。

町の主要機能を含む町土の大部分が帰還困難区域に指定され、この区域については本格除染の計画がない状況にあるなど、復興に向けた多くの課題に対して明確な時間軸の設定ができない状況で、全町民の避難から5年以上が経過しても、具体的な復興への取り組みができませんでした。

町の復興に向けて

町は、平成25年度に策定した「大熊町まちづくりビジョン」で、本格除染が完了し比較的放射線量の低い大川原地区を町全体の復興の加速を図るための最初のフィールド「大川原地区復興拠点」として開発を行うこととしました。

また、平成27年3月に策定した「大熊町第二次復興計画」で、「町民生活支援」と「町土復興」を2本の柱に掲げ、「避難先での安定した生活」と「帰町を選択できる環境づくり」を目指していくこととしました。

平成28年8月には、帰町への第一歩として、町内初の特例宿泊が居住制限区域の大川原地区と避難指示解除準備区域の中屋敷地区で行われました。

平成29年11月には、「大熊町特定復興再生拠点区域復興再生計画」が国に認定され、帰還困難区域である下野上地区などの町中心部を対象とした復興の計画が動き出しました。

そして、大川原地区と中屋敷地区のインフラなどの生活環境や防犯・医療面での支援体制がある程度整ったことから、平成30年4月24日、当該地区において「ふるさとへの帰還に向けた準備のための宿泊(準備宿泊)」が始まり、町民の長期宿泊が可能になりました。

町内の避難指示が一部解除されて

平成31年4月10日、大川原地区(居住制限区域)と中屋敷地区(避難指示解除準備区域)の避難指示が解除され、震災と原発事故から8年余りの時間を経て、ようやく古里の一部を取り戻しました。令和元年5月には、大川原復興拠点に整備した町役場新庁舎での業務が始まり、町復興の足がかりとして各課題への取り組みを加速させています。

また、大川原復興拠点では、令和元年6月に町営の復興住宅へ入居が始まり、令和2年には、住民福祉センターや認知症高齢者グループホーム、令和3年には町立診療所、商業施設や宿泊温浴施設などの交流ゾーンがオープンしました。さらに令和5年には町立義務教育学校と認定こども園「学び舎ゆめの森」が開校し、住民生活のための最低限のインフラ整備が整いました。

帰還困難区域を取り戻す

令和2年3月5日、JR大野駅周辺と県立大野病院敷地などの避難指示が解除されました。町内の帰還困難区域で避難指示が解除されたのは初めてのことです。あわせて、下野上・野上地区の一部で立入規制が緩和され、通行証なしで立ち入りができるようになりました。また、JR常磐線が3月14日に全線再開し、大野駅も同日、利用再開されました。これにより、新たな人の流れが町内に生まれました。

令和4年6月30日には、帰還困難区域のうち、かつての町中心部の下野上地区を含む特定復興再生拠点区域の避難指示が解除されました。同区域内では「下野上地区復興拠点」として町内の新た賑わいを創出するため、駅西エリアに産業交流施設「CREVAおおくま」、商業施設「クマSUNテラス」、駅前広場を令和6年にグランドオープンしました。また、令和10年の開所を目指して社会教育複合施設の整備を進めております。さらに、町内の雇用創出のために大熊中央産業拠点の整備や、居住人口増加のため再生賃貸住宅の整備や宅地分譲を進め、町内のさらなる復興を目指しております。

福島復興再生特別措置法の改正により、帰還困難区域の避難指示解除向けた新た制度が創設され、令和5年9月に「大熊町特定帰還居住区域復興再生計画」が国に認定されました。これにより、町内の約440ヘクタールが令和11年12月までに避難指示解除される予定となりました。

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