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【復興支援員インタビュー】藤井 雅さん

藤井雅さん
氏名 藤井 雅
年代 20代
出身地 宮城県
勤務先 おおくままちづくり公社
勤務開始月 2024年6月1日
職種 コミュニティづくり
家族構成 単身

復興支援員の仕事についてお伺いしました

前職ではどのようなお仕事をされていましたか?

仙台で子どもの居場所づくりをしていました。高校3年生からボランティアとしてかかわらせていただくようになり、その後スタッフとして子どもたちと一緒にご飯を食べたり、遊んだり、体験企画の運営をしていました。

現在はどのようなお仕事、活動をされていますか?

コミュニティ支援担当として、主に町内外にある町民コミュニティの自走化に向けたお手伝いや、大熊町民の方々の交流の機会をつくる活動をしています。その他にも、おおくまコミュニティづくり実行委員会の事務局としてのお仕事もさせていただいています。なるべく幅広い世代の方に参加してもらえるような企画、イベントをできるように模索中です。

今のお仕事を選んだ理由はなんですか?

震災の影響で悲しい思いをしている友人がいたことがきっかけです。当時の自分は何も出来なかったけど、これからの自分に出来ることがあるなら、復興に関われたらいいなと思っていました。それから震災の影響が色濃く残っている所はどこだろうと考えた時に浜通りの状況を知り、今の仕事を見つけ決めました。

現在の業務の中で、印象に残っていることはありますか?

町外コミュニティを訪れた時に、みんなが顔を合わせてすごく楽しそうな表情をしながらお互いの話をしていました。そのときに現在の生活に対する不安を共有する時間もあり、コミュニティの在り方として、ポジティブもネガティブも共有出来ることがすごく大事なんだと感じました。

今後やっていきたい活動などありますか?

大川原地区のコミュニティづくりについてもっと頑張っていきたいです。

単身の高齢の方から若い方まで多世代の方が住んでいる地域なので、少しずつ顔が見られる関係性をつくっていけたらと思います。いざとなった時にお隣さん同士がわかることが大切だと思うので、その点でももっともっと頑張りたいなと思います。

そして、大川原の方同士が幅広く交流出来る機会をつくっていけるようにしたいです。​

大熊町に来る前と来た後での印象の変化はありますか?

浜通りに来る機会があって、6号線沿いを車で通っていたときは正直、「大熊町何もないな」と思っていました。でも、住み始めてみると、意外と何でもあるなと分かりました。そして、人の温かさは唯一無二だなと感じています。特に、お裾分けの文化はすごく人の温かさを感じます。

復興支援員として大熊町がどう変化していけば良いと思いますか?

今の大熊町は簡単に顔見知りができる所がとても魅力だと思っています。これから新しい物ができて、人が増えても、この魅力は残っていってほしいです。なので、新しいものと古いものが共存していけたら良いなと思います。

大熊町で働くことを考えている人へひと言

五感をフル活用したい人はぜひ大熊町へ!

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